
2026年4月、私は社会人としての1歩を踏み出す予定だったが、実際は博士後期課程の1年生になった。
<2024年11月>
SSRO術後、ひどく精神の状態を崩す
<2024年12月>
自宅で大きいパニック発作→食事量減少
あまり食事はとれず、低体重の状態でなんとか生きていた。
そんななかで、就職活動を行い、4社から内々定をいただいた。
熟慮の末、A社の内々定を受諾した。
<2025年6月>
修士論文締め切り
<2025年7月>
学会発表in中部地方
<2025年8月>
博士前期課程最終発表
<同月下旬>
出かけた先でパニック発作→さらに食事量減少・精神不安定に
<2025年9月上旬>
かかりつけのクリニックから大きい病院に転院
ASDに伴う「回避・制限性食物摂取症(ARFID)」と診断を受ける
体力の低下が顕著。「働きたい」気持ちと「働くのは無理かも」という気持ちと。働きたい、働いてみたい、給料が欲しい。一方で、働けるのか不安がある。学生として守られる立場でいたい。これらふたつの間で揺らいでいる。社会人には憧れがある。
<同月下旬>
家族・指導教員との話し合いの末、内定式前にA社の内々定を辞退。
博士後期課程に進学することを決める
<2025年10月1日>
今日は本当は内定式で社会人の第一歩を踏み出す日だった。やっぱり、それが叶わなかったことが悔しい。「社会人」になりたかった。立派に納税したかった。
<2026年2月>
博士後期課程の入試
<2026年3月>
博士後期課程合格
<2026年4月>
博士後期課程入学
現在、博士後期課程の1年目として研究生活を送っている。研究は続けられているし、生活も大きく変えずに済んでいる、大学から生活費の補助も出ている、博士号も取れるかもしれない、指導教員は体調に理解を示してくれる。とはいえ、身体が本調子ではないため、研究も休み休み、といった感じ。指導教員は「ドクターは3年で取らなきゃいけない決まりはないんだし、体調と相談しながら研究しなさい」と言ってくれるし、親も昔と比較してだいぶ私の精神不安定に理解を示してくれるようになった。でも私は30歳になる前に学位を取りたいし、働きたい。
今の時点では、無理して就職せずに進学して正解だったのだと思う。博士後期課程修了後の未来はなんも見えないけれど。この一連の流れで、「ああ、私は健常者ではないんだな」と身に染みたので、必ず正社員でないと、とは思わなくなった。
そして、病気のほうは一進一退。平常時の体重がXキロだとしたら、一時期(X-11)キロまで行った。もともとやせ型なので、本当に骨だけ、といった感じ。今年の4月には(X-4)キロまで体重を増やしてそれを2か月維持できたけど、6月に体調を崩し、今は(X-8)キロ。あと1キロ以上減ったら計画入院、と言われている。世の中の大半の人には理解されないであろう「食事が苦痛」という日々を過ごしている。点滴で生命維持ができるか、サプリを一粒飲めば栄養ばっちり、そんな世界にならないかな、と思っている。